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自己啓発や潜在意識等を学んで、逆に人間関係のしがらみに囚われて悩んでいるあなたへ

プロフィール

成功率82%以上を誇る人間関係解消コンサルタント

Grow world代表        田口 早紀

一般社団法人Mission Leaders Academy Japan 認定Mission/Vision  Leader

オンナの幸せデザイン協会 認定講師

自己啓発セミナーや潜在意識コーチングなどを学ぶも、人間関係の変化や売り上げなど、現実的な成果を得ることが出来なかった経営者や起業家を成功させるプロフェッショナル。

大手整体チェーン店の店長を務め、整体院向けのリピート率UPの営業研修では、スタッフの82%以上がリピート獲得に成功するなどの実績もある。

自身も、自己啓発や潜在意識、NLPやコーチングなどのコミュニケーション技法を学び、コンサルティングに応用するようになる。

その経験から、現実的な成果を出すためには、内面の学びだけではなく、実戦的なセールススキルを応用した人間関係改善のための戦略が必要だと確信する。

数年解決できなかったジョイントパートナーとの関係や、スタッフとの関係で悩む経営者を、最短10秒で決断させ解決する独自のコンサルティングと成功実績から、クライアントや同業者からは『けじめ屋』とも呼ばれている。

現在では、単なる人間関係改善ではなく、収入や売り上げに直結する独自のコミュニケーションコンサルティングやセミナーを全国にて展開している。

幼少期からの生い立ち

1981年10月横浜市に生まれる。

私自身、幼少期に認めてもらいたい人たちからよく怒られたことや、友人にいじめられた経験、好きで付き合っていたはずの彼氏からの存在否定等々、自信を失うには十分の経験をふんだんに積み、いつしか自信を失い、人といる時は聞き役になり自分のことは話さず、よく分からない怖さに怯え、気づけば『独りでいる方がラクだと感じる寂しい人間』になっていました。

今の私からは想像もつかない程、コミュニケーションが苦手で、ましてや自分の意見を言うことなんて、心臓が飛び出るくらい勇気のいることでした。

これを今の私しか知らない人に伝えると、「信じられない!」「噓みたい!」「想像できない・・」と本当によく驚かれます。

そんな私の『言いたいことを言えずに人の顔色ばかり気にしてしまう』ようになった歴史は幼少期まで遡ります。

私は3姉妹の長女として産まれ、両親にたくさんの愛情を注がれて大事に大事に育てられました。

ただ、“長女”という「役割」は、幼い私にとって、とても苦しいものでした、、、

流行りのゲームや欲しいもの、やりたいこと、私の行動のすべてに父親の許可が必要で、やりたいことすらやらせてもらえませんでした。

母は「お父さんがいいって言ったらいいわよ」と父に聞くように促すだけ…。

私はいつも、父の機嫌の良さそうな時を見計らって、座椅子に踏ん反り返ってテレビを見ている父親の横に正座をし、ビクビクしながら、

「ねぇ、、お父さん、これ欲しいんだけど買ってもいい・・?」

と、許可をもらいにいっていました。

しかし、大体が、

「ダメ」

だったんです。

それでも諦められないときは、泣きながらお願いするんですが、結局YESをもらえることはほとんどなく、怒られながらNOをもらい続けたのです。

これはなんと、幼少期から、私の人生の転機となる33歳まで続きました。

33歳まで父の許可が必要なんて、異常でしょ???

ですが、当時は『それが当たり前のこと』だったので、この異常性に全く気付きもしなかったのです、、、

学生時代のことを思い起こしてみると、5年間付き合っていた人から毎日人格否定され続けました。

5年間の“毎日人格否定”は、なかなかのものだと自分でも感心します^^;

私が何か話すと

「おまえの話しはつまらない」
「おまえの話しは面白くない」
「だからなんなの?」

と言われ続け、『自分が何かをすると相手に嫌な思いをさせる』と思うようになっていました。

容姿についても

「可愛くない」
「気持ち悪い」
「出っ歯」

などと言われ続け、否定されることには慣れしていた私でしたが、さすがにショックを受け歯科矯正を受けたくらいでした(今思えばあの時矯正に踏み切ってて良かったです 笑)

見た目はずいぶん変われたのですが、それでも『自分が何かをすること』については、全く自信を持てないままでした。

気付いた時には、

「今このタイミングでこのことを話しても大丈夫かなぁ・・・」
「この話、笑ってくれるかなぁ・・・」
「この話をしたいけどどうやって話したら良い反応が返ってくるかなぁ・・」

と、話しを切り出すに色々と考えたり、相手の反応を伺うようになっていたのです。

父にしていたのと同じように…

そして、考えている間にタイミングを逃し、結局話すことが出来ない。ということが多くなり、最終的には一緒にいても自分は無言のまま、彼が話したことをただ笑って聞いているだけの『お気人形』のようになっていました。

そんなこんなで当時の彼氏からは“こけし”と呼ばれる始末、、、

毎日、何とも言えないストレスを溜め込んでいました。

そんなある日、彼と焼き鳥屋へ行った時のことでした。

入店後すぐに、突然の体調不良に襲われました。

身体がガーッと熱くなり、目の前がぐらぐら、心臓がバクバク・・

やばい、貧血かも・・と思い、トイレへ駆け込みましたが、回復せず、、

席に戻り、彼に「ごめん、具合が悪い・・」と伝えたのです。

しかし、彼は「はあ?!今頼んだばっかだろ、どうすんだよ、誰が金払うんだよ!」と思いっきり怒られたんです。

頼れる人は彼しかいなくて、今の私の状況を理解し「大丈夫?」と心配してもらいたかったのに、
逆に自分の状況を話したことで、『怒られ、迷惑をかけ、機嫌を悪くしてしまい、場の雰囲気を悪くしてしまった、私のせいだ』と思ってしまったのです…。

そして、また同じことが起こるのではないか、という恐怖心からか、また同じことが起こったのです。

焼肉屋さんで彼とご飯を食べようとしている中、同じタイミングで同じ症状の謎の体調不良。

「やばい・・・またあの時と同じだ・・。でもこれを伝えたらまた怒られるかもしれない。。でも言わないとここで倒れてしまうかもしれないし、どうなってしまうか分からない・・」

と恐る恐る彼に伝えたんですが、案の定、

「はあ!?またかよ!俺が食べ終わるまで待ってろ」

と怒られた上に、体調悪い中食べ終わるのを待たなければいけなかったんです…。

そして、「少しくらい食べろよ」と言われ、体調悪い中食べさせられたのは本当に辛かったです。

こういった出来事を何度も繰り返し、私についた病名は「パニック障害」でした。

当時はパニック障害自体がそんなに取り上げられていなかったこともあり、気付くまでに何年もかかりました。

それはそれは本当に辛くて、どうして良いか全くわかりませんでした。

パニック障害と分かるまでは、内科で安定剤をもらっては、「そんなの飲むな!精神病か!」と彼に笑われたり、怒られたりし、
薬を飲めば彼に嫌われると思い、捨て、結局飲まずに悪化する・・・という悪循環を繰り返していました。

そのまま、我慢を続け、月日が経ち、学生から社会人になりました。

せっかく新卒で入社した大手信販会社にも、体調悪化で通勤出来なくなりました。

通勤できなくなって3ヶ月が経ち、所長宛に何度も「迷惑をかけていて申し訳ないです」と手紙を書いていました。

でも、所長からは何の連絡もありませんでした。

ところが、突然所長がわざわざ自宅に来たのです。「退職届」を持って…。

家まで来た理由は、体調の心配ではなく、「ボーナス前の時期だから、このままだとボーナスを払わないといけないから退職届を書いて欲しい」という理由でした。

自分のことは誰も心配してくれないんだ・・そんなことよりもボーナスを払わないことのほうが重要なんだ…

と、本当にショックでした。

仕方なく退職届をその場で書き、所長のお望み通り退職となりました。

友人関係はというと、体調が悪化するにつれて、色んな理由をつけて誘いを断るようなり、次第に誘われなくなっていきました。

こうして私は、自分が話すことに自信を失い、何かやることにも自信を失い、そして職までも失いました。

誰に頼っていいか分からない・・。

妹たちには「姉」として弱いところは見せられない。

両親にも、言ったらガッカリされるのではないか、と思い、中々言い出せずにいました。

しかし、もう独りでは耐えられない。。

けど、どうやって伝えたらいいか分からない・・。

私は、考えに考え抜いて、1冊のパニック障害の本を片手に一番理解してもらいたい人の元へいきました。

この人ならきっと分かってくれる・・・。そう信じて。

本当に勇気を出して、これまでで一番勇気を出して、伝えたんです。

しかし、返ってきた言葉は

「たいしたことないんでしょ?気のせいでしょ?」

でした・・・

どうして…どうして分かってくれないんだろう…。

どうして私の話しを聞いてくれないんだろう…。

どうして信じてくれないんだろう…

どうして…どうして…どうして・・・

頭の中でぐるぐるまわる言葉は「どうして」ばかり。

「もういい・・」

一言だけそう吐き出すと、とにかく辛くて、悲しくて、泣き続けました。

それから私の引きこもり生活が始まりました。

とにかくこの時は、辛くて苦しくて、「自分の気持を誰かに理解して欲しい」という気持ちで押しつぶされそうでした。

「自分と同じ様な状況にある人なら、分かってもらえるかもしれない…」

そう思った私は、ヤフーチャットの「健康カテゴリ」で自分と同じような悩みを相談している人を探しました。

それがきっかけでヤフーチャットというものを知り、同じ様な状況にある人と、繋がりを求めたんです。

すると、その世界では、私は誰からも否定されることもなく、本当に「自分らしくいていいんだ」という体験ができたのです!

引きこもり生活では、とにかく自分の部屋で朝から晩までチャットで見知らぬ誰かとお喋り。

私にとっては夢のような毎日でした。

とにかく楽しい昼夜逆転の生活。

が、一歩外へ出るとそこは地獄、、、

発作はすぐに出るし、その時人からどう見られているのかが気になるので、次第に外へ出る回数が減っていきました。

そんな生活を続けたある日、ふとこんな考えが頭をよぎりました。

将来、誰かと結婚して子供が産まれた時、私は子供と一緒に出かけたりできるのだろうか・・

授業参観に行けるんだろうか・・

と。

気付けばこの引きこもり生活は、1年半を超えてました。

そして、「自分の人生に何一つ誇れることのない人間」と感じるになってしまっていたのです。

このことに気付いた時、私は「人生を変えなければ!」と本気で思いました。

「まずは彼氏とけじめをつけよう!(別れよう!)」

彼とは、寂しさと不安から一緒に居るだけで、私のことを愛してくれている訳ではないことは分かっていました。

きっとお互い依存していただけの「共依存状態」だったのだと思います。

案の定、別れたい旨を伝えると、暴力を振るわれました。

この彼氏と別れること、それは「「自分の人生に何一つ誇れることのない人間」と感じている自分と決別することだと思っていましたので、
簡単ではありませんでしたが、自分の人生を変えるため、私は一生に一度の勇気を振り絞り、すぐに逃げはしませんでした。

そして、彼氏と別れると同時に、私は「今までの自分と決別できた」という、言葉にはできない「実感」を感じられたのです!
ただもちろん、彼と別れたからと言って、すぐに体調が良くなったり、自分のしたいように振る舞うことができたかというと、そう簡単ではありませんでした。

タイミング良く友人が一緒にバイトに誘ってくれましたが、私はこの「たかだかバイトの誘い」を藁をも掴む思いで掴みに行きました。

なぜなら私はこのバイトの誘いを「社会復帰の最後のチャンス」と感じていたのです。

彼氏との決別で、それまでの自分の生き方に、ひとつのけじめはつけた。

でも、私は本当はチャットの世界だけではなく、この現実世界で自分らしく、ありのままの自分でいたかったのです。

その仕事はテレアポで、話す内容が決まっており、みんなが同じ内容話していたのですが、自分が話していることが周りの人にどう聞こえているか、どう感じているか、上司の人からどう評価されているんだろうか、、

正直言うと、そんなことばかり気になって、仕事とも言えないことしかできてはいませんでした。

それでもいずれは正社員として働くことを目標としていたので、そこでの仕事に慣れたら次、また慣れたら次、と、引きこもりだった時の私とは全く違う私として、少しずつですが、一歩一歩段階を登っていきました。

ただ、新しくできた人間関係の方たちに「パニック障害」という病気を理解してもらうことは難しく、嫌な想いも沢山しました。

苦しくて、何度も諦めそうにもなりました。

でも『もう二度とあの状態には戻りたくない!』と、その想いだけに後押しされて、私は病気とうまく付き合う方法を模索し始めました。

話し方、伝え方、コミュニケーション、心理学の本を片っぱしから読み漁り、幼少期〜中学生まで習っていたエレクトーンをまた始め、駅前やみなとみらいのクイーンズスクエアでデモンストレーションにチャレンジしたり、ゴスペルを習って半年に一度コンサートに出たりと、とにかく、

「自分に自信をつけて、自分らしくいられる役にたちそうな、ありとあらゆる方法」

を片っ端から試しました。

中には意味がなかったと感じるものもたくさんありましたが、とにかく何でもやってみたのです!

しかし現実世界での私は、そう簡単に変わるものではなく、気づけばその「自分なりの試行錯誤」は、引きこもったあの日から11年の月日を超えていました。

今思うと、誰も味方がいない中、本当によく頑張ってきたなって思います。

そして33歳のある日。

私の人生に大きな転機が訪れました。

それは、会社の研修会での出来事でした。

「私のこれまでの惨めで悲惨な人生を創っていたのは、誰でもない自分自身である」

という事実を唐突に突きつけられたのです。

えっ?

えっっっ??

なに言ってるのこの人???

だって、私の人生が苦しいのは、父親が怒鳴りつけて怖がらせたり、友人が寄ってたかってイジメてきたり、彼氏が理解してくれなかったり、暴力を振るったりするからでしょ???

私は何も悪くない!

悪いのは周りの人たちよ!

私が何をしたっていうの?

私はこれまでずっと我慢してきたし誰も傷つけること無く誠実に一生懸命生きてきた。

誰も味方がいない中、どれだけ苦しくても独りで頑張ってきた!

私が悪いはずがないじゃない!!!

そんな言葉がひとしきり頭の中を駆け巡ったあと、私の心がチクリとしました。

そして、ゆっくりと涙が溢れてきたんです。

それは悔しさと悲しさの涙でした。
そして次第になんとも表現し難い、清らかな気持ちが心に澄み渡っていくのが分かりました。

人生で初めて、と言っていいほどの、それは安らぎでした。

温かい涙が頬を伝い、すべてが許されていくのが直感的に理解できました。

「人間は常に自由である。」

人生とは、自分の信じた通りの現実が展開し、そしてその現実はいつでも自分の意志で選択できるということを私は私の深い部分で理解できたのです。

私はこれまでの33年間、ずっとずっと人の目を気にして生きてきました。

自分の気持よりも他人の気持ちを優先し、自分が我慢すればすべて上手くいくと思って、自分を消して生きてきました。

私の人生に“わたし”は存在していなかったことに、その時ようやく気付けたのです。

本当に長かったこの月日…。

私はその研修で学んだことが、頭から離れませんでした。

私は学んだことを実生活で活かすようになりました。

すると徐々にですが、本当に徐々にですが、自分の人生に「兆し」と呼べる小さな変化が起こり始めたのです。

それは注意深く見ていないと見過ごしてしまうような小さなものだったかもしれませんが、それでも私にとってはとても大きく、意味のある変化だったのです。

私はそれからも試行錯誤を続けながら、自分の人生をより良くしていくために、毎日少しずつですが、学んだことを実生活で活用し続けました。

確実に変わっていく私の人生、しかしそれよりもっと大きかったものは

「私自身が私を認め、受け入れ、好きになれていったこと」

でした。

私は結局「自分のことを誰より好きになりたかった」ということに、この頃ようやく気づいてきたのです。

日々、昨日よりも私は自分のことを好きなっていきました。

「毎日どんどん自分のことが好きになる」

こんな幸福で幸せなことがあるなんて、本当に思ってもみなかったのです!

そして私は私のことを認め、受け入れ、好きになるにしたがって、今まで心を苦しめていた「人の顔色」や「どう思われるか?」に全く興味や関心が無くなっていることに気づいたのです!

私はこれは「絶対誰かの役に立つ!」と確信しました!

そして私は試行錯誤しながら、自分の体験から得た様々な良いことを体系化していくようになっていたのです。

「私の体験はきっと誰かの役に立つ!」

という想いに突き動かされて…

私はまず、同じ様な痛みや苦しみに苛まれている身近な人に、まずは自分の体験を話してみました。

そして自分のできるサポートをし、二人三脚で歩み始めました。

私はきっと、その方のサポートをすることを通して、過去の自分に手を差し伸べようとしていたのではないかと思います。

そしていつのまにか、その数は一人から二人へ、そして二人から三人、五人、十人へと、どんどんと広がっていきました。

そしてそれとともに、私自身の人生もどんどんと好転し始めて、35歳の時には8歳年下のとても心穏で優しい男性と結婚、36歳で第一子を出産し、「絵に描いたような幸せな家庭」と、「自分の経験を人様の人生のお役に立て、そんな自分のことが日々大好きになっていく」という毎日を手に入れることができたのです!

それもこれも始まりを思い出せば、あの日、あの時、

「自分の人生を変える」という決断と、「これまでの私と決別する」と「人生のけじめ」をつけたからだと思っています。

私はどんな立場の人であっても、そしてどんな過去があったとしても、その全てに意味があると信じています。

もしかすると、私の育った環境は、「私自身を苦しめる私」を創る要因のひとつになったかもしれません。

そして私を苦しめた(と当時の私は思っていた)彼氏も、「私自身を苦しめる私」を創る要因のひとつになったかもしれません。

ただ、今の私が間違いなく思うことは、

「その過去のお陰で、今の幸せがある」

ということです。

その過去の経験や、その経験ができる環境がなければ、きっと今の幸せな毎日は無かっただろうと断言できます。

私の幸せにとっては、過去の辛い経験は必要なものだったのです。

もしかすると、今、あなたはその「つらい経験の渦中」にいるかもしれません。

その渦中にいる時は、私の言葉を信じられないかもしれませんし、綺麗ごとのように聞こえるかもしれません。

分かります。私も同じ様な経験をしていますから…。

私は苦難に長期間、一人で立ち向かいましたし、偶然受けることができた研修のお陰で、大きく人生の舵を切ることができました。

そういう面では、私は自分のことをとてもラッキーだと思っています。

ただ、みんながみんな、そういう機会に恵まれるわけではないことも理解しています

相手の顔色ばかり気にしてしまう自分」や「自分らしくいられない毎日」と決別し、自分の想いを自信を持って伝えられるような、強い私になる」。

あなたの中には、「そんな強い自分」が必ずいると、私は信じています。

そんなあなたの「強い自分」が眠りから目覚めるサポートをすることが、私の使命なのだと思っています。

こんな経験をしてきた、私だからこそ…。

すべての人が、自分の価値を認め、受け入れ、そして自由に振る舞い、人生を自分らしく生きていく。

そんな人たちでこの世の中が埋め尽くされれば、社会はもっと暖かく、優しく、そして素晴らしい世界になると信じています。

相手の顔色を伺う必要も、自分を押し殺すことも、そんなことを「考える必要もないほど、それが当たり前」の世界。

そんな日々を渇望してきた私たちは、もしかしたら、そんな世界を創るために、必要な経験をしてきたのかな?とも思っています。

今を最高にすることができれば、過去の経験は全て「必要な経験だった」と感じられます。

そして今を最高にすることは、「今、この瞬間」から始められると信じています。

辛い経験をしてきた私たちにしかできないことが、きっとある。

あなたの価値にあなた自身が気づくこと、そして認め、受け入れること…。

それが世界を変える一歩になると、そう信じています。

 

 


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